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posted by いしだま
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昨日思っていたよりも世界は広くて
じゃあね、と繋がっていた時間を切った15分後に
もう一度繋がって伝えられた声は
昨日の僕の思い描いていた今日を
軽やかに裏切った。


あなたの言葉が聴こえたよ。
僕の言葉も届いたかなぁ。




僕がひとりぽっちで思い描く未来を書き換えていくのは
僕の脳みそでは思い描けないことを思い描く人。


昨日思っていた世界より
今日思う世界は少し広い。


知らないという無の地平と
知るという光の照らす影。

影すら、有の証明なのだ。


僕はやっぱり
身悶えながら見つめ続けよう。

愛するっていつも大体
身悶えくらいするもんだろ?




無知が罪だとしたら
それは原罪なのだろう。

罪をあがなう
徳を積む
基準が反転しているだけで
おんなじことを言っている。



僕らはみなこの体に無知と知を詰め込みいきている。
生まれた瞬間からすでに蓄積されている知をもっている。


今の僕の考えからすれば、無知は罪ってだけではない。

それは、時が流れていくことを

すべてが変わっていくことを

だから
生まれては死んでいくのだ
ということを
肯定する、素晴らしい装置だ。


僕らは
己の有と
他の有とで
沢山のいろんな光で世界を広く照らす。

一つの大きな光でだけ照らせば
大きな影も出来るけど
沢山の光がそこここで照るのを知れば
光と影は両極の二点ではなくなり
点在するグラデーションになるのだ。



自意識という魔物の
手の届かないほどの広さに光る光を知れば。
知り続ければ。

手を離して愛することも
いつか出来るのかもしれない。



明日はどんな世界が見えるだろうか。
きっと、今日の僕が思うよりも広い。

まだ僕の知らない君のその光も
当たり前にそこかしこにある、というくらいに世界は広くて
僕はまだ、その広さを知らない。

死ぬまで生きて
一秒に一人のことをすべて知っても
一生世界中の人とは知れない。

未来に希望を抱かない、なんていうことが失礼な気がするくらい
僕はまだほんとうには
世界を知らない。
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posted by いしだま
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