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posted by いしだま
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重い穴
時間が過ぎることにより必ず生じるものが
これ以上自分の中に積ることに
私はもう堪えられないのではないか?
と切実に思う時がある。

時間というのは
その人が抱えている主題やテーマを
その時間分必ず
忘れていたとしてもきっちり注ぎ積もらせる力を持っている。
止まらず注ぐ。

注ぎ込んでくる様子をつぶさに観察してそのつど感じるのか
無意識のうちに注がれ、ある時はっと気付くのかの違いだけだ。


私は時間ごとに注ぐこの
重く温度のないものをいつも持て余しているように思う。
何の手も打たずにほおっておけば
それは際限なく育ち
いつかブラックホールのように己の重さで己を内側から潰し呑み込み
周りのものすら喰らい尽くすような気がする。


まだ根本的な解決をみつけられぬまま私はいるのだ。

降り注ぐ時間に対して
表面張力のバランスをギリギリで保つような日々のように思う。
アラームが鳴り響けば
時に叫び
時に愛を乞い
時にくちづけ苦く呑みこみ、どうにかやり過ごしている。


いつの日か私はみつけられるのだろうか?
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posted by いしだま
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